「よくもまあ悪びれず来れたものだ」
幾度目かのため息。
■■はテーブルの上の一冊の本の表紙を撫でる。
こちらが何か言うより先に■■は口を開く。
「過去は本のようなもの」
その本は簡素な装丁に、認識することができない不可思議なタイトルをしていた。
「全ては過ぎた後だが、記憶がある限りそこにあり続ける」
■■は本のページをめくる。
いつの間にか荒廃した庭園の中の景色はよく手入れされ様々な植物が咲き乱れる景色へと移り変わっていた。
ガーデンチェアの周囲に散らばる□□の残骸たちもどこにもない。
存在していたかおぼろげな池で魚の跳ねる音がした。
「何度繰り返したことか」
ふと■■を見やれば、エプロンを身に着けた見慣れない人物が立っていた。慣れた手つきでティーポットからカップへ茶を注ぐ。それをごく自然に受け取る■■。
「毒など入っちゃいないよ」
こちらにも注がれる香りの良い液体。■■の言葉に従って口をつける。
匂いは良いのになぜか味を感じられない。
怪訝な様子に■■は目を細めて口元を歪めて笑う。
「お前はこの記憶を知らないからだろうね」
「結局これは僕の記憶を封じ込めて再現しただけのものだから」
■■は、茶を淹れ終えてそばで微笑んでいた人物の首にテーブルに備え付けられていたフォークを突き刺した。
的確に急所に刺されたフォークを引き抜くと、噴水のように赤い血が吹き出す。
刺されたその人は酷く驚いた様子で必死に傷口を押さえ、おそらく■■の名前らしきものを呼んでいた。
「僕の記憶の中の、この子はいきなり頸動脈を突き刺されたらこうなるだろうなという推測」
止めどなく溢れ出る赤い液体を撒き散らしながらやがてそれは動かなくなった。最後に「どうして」とつぶやいていたような、そんな気がした。
「全部意味なんてないんだ」
■■が本を閉じると見知らぬ死体も血溜まりも、良い香りのティーカップも消えていた。
代わりに散らばるのは無味無臭の残骸たち。
「だからもう、消えてくれ」