8.咲 【表】

淡い花の蕾はもう明日にも開きそうだった。
それでもあの人は眠ったまま。やっぱりもう、だめなのかもしれない。そんなことを眠たい体を起こしながら思う。
それは仕方がない。仕方のないことだと自分を納得させようとして、また涙があふれる。こんなことをしてる場合じゃない。いつもどおりにやらなければ。

愛しい人に口づけをして、地下から上がって。カーテンを開ければ外には日が落ちた後の薄闇。適度に換気をしないと、埃っぽくなってしまうから窓も少しだけ開ける。鏡の前に立ってすっかり伸びきった髪も適当に整え、別の着物を羽織る。

あの人が好んで座っていた安楽椅子に腰掛ける。ここから見える月がきれいだとよく言っていた。ああ、たしかに。だけど少し眩しく思えて目を閉じる。
ほんの少し視界を閉ざしたつもりが眠ってしまっていたらしい。それもいつものあの人と同じ。特等席なんだろう。
いけない、日が昇る前に済ませなければ。外に出て庭の草花に水をやる。少し忘れただけで枯れてしまう。そうしたら咲々牙はきっと悲しそうにするから。

家の中に戻ったら部屋の中が埃をかぶらないように軽く掃除。物を出し入れすることももうほとんどないから散らかることもなくずっときれいなままだ。
本だってすべて読み尽くしてしまった。これでようやくあの人の退屈を理解できたというのだろうか。
どうでもいいか、そんなことは。自分が馬鹿らしくなって鼻で笑う。

やるべきことをあらかた済ませ、また地下へ。あの人は棺の中で姿勢一つ変えることないまま

期待なんてしてない。奇跡なんて起こらないって知ってる。わかってる。
それなのに、なのに毎日悲しくて涙が溢れて止められない。また今日も咲々牙にすがりついて泣いてしまっていた。ああ、やっぱりやだな。あきらめたくないな、何百年でも何千年でも待ってるって決めたはずなのに。少しでも希望があるからあきらめきれない。呼吸が、心音が、あたたかい血が生きてることを教えているから。そのせいでまたいつか、って信じたくなってしまう。

……だから、もう。あきらめられるようにしようって、もう一緒に死んでしまおうって決めたのに。
あきらめようとするほどに咲々牙と一緒にいた幸せなときばかりが思い出されて、もっとずっとにいたいって、未練が振り切れない。
あなたの約束が、オレを後悔させないって言葉が杭みたいに刺さって動けないんだ。あなたのことを嘘つきにしたまま終わりなんていやだ。いつか二人が死ぬときがあるなら幸せなまま一緒がいいって思ってたのに。こんなの違う。

「……嘘つき。ばか、ばか。どうして、どうしてオレのこと愛してるなんて騙したりしたんだ」

返事はない。それでも一度口から溢れた恨み言は止まらない。

「あんなにずっと一緒だって言ったのに。そのためにオレの人生をめちゃくちゃにしたくせに。どうして、一人きりにするんだよ。オレが淋しがりだって知ってるくせに。咲々牙がいないとだめにしたくせに」

「…………あなたなんてきらいだ」