眠るための唯一の簡単な方法

いつだったか、殺そうとしたやつに言った覚えがある。

「望まれず生まれたやつが望まれて死ぬだけだ」と。

許しを乞うそれを鼻で笑ってそのまま首を掻き切った。
ただふと思い出しただけ。特にそいつに思い入れも感慨もない。

……だったら、俺は何?
あれが望まれず生まれて望まれて死んだなら俺は何?
親なんていない。そういう生き物とは作りが違うから。
仮にいたとして望まれた覚えは塵ほどもない。
じゃあ死ぬことを望まれているかというとそれもたぶんない。
恨みを買っているかといえば買っているだろうけど、だいたいは物言わぬ屍にしてしまったから。

ない。なにも、ない。
おれは生きることも死ぬことも望まれていない?
わからない。そもそも自分が誰で何なのかすらわからない。
俺は誰?俺は何なの?なぜここにいる?なぜこうなった?なぜそうなのか、なぜそうではないのか?

もう何も考えたくない。こんな無意味なことは止めたい。
眠れない。眠りたいのに眠れない。まぶたを閉じても意識だけが冴えている。

風の音、靴音、家屋が軋む音。すべてが耳障りに聞こえる。
消えろ、消えてくれ。放っておいてほしい。邪魔だ。
殺してやる。殺してやる。いますぐ首を切り落としてやろうか。叩き割ってやろうか。粉々にしてやろうか。
ああでも、風音は静かにできない。どうしようか。

……なあんだ、静かにするのも眠るのも一番かんたんな方法があるじゃないか。
何分?何時間?どれだけ眠れるだろう?……まあいい。

一番かんたんな眠る方法。

視界は落下する。
意識は落下する。
全てが落ちてゆく。