4.戯 【裏】

「咲々牙?寝ちゃったの、か?」

オレの上にのしかかったまま、穏やかな寝息をたてていた。まったくもう、これじゃ動けないじゃないか。

まだ触れられた感触が忘れられないでいるオレの気も知らずに一人だけ寝るなんて、ずるい。

でも、咲々牙はそんな人だってよく知っている。自由でふわふわしてて、なのにときどき悲しそうな、何か思い悩んでるような顔をする。もしかしたら、何か考えごとをしていて固まっているのがぼんやりしているように見えているだけで、悩んでいることが多いんじゃないかと心配になるときもある。
昔は気づかなかったけど、本当はすごく繊細な人なのかもしれない。

怪しいところはたしかにある。だけどもしそれが、最悪の想定が真実だったとしても。仇としてあの人を、殺すことができてもそれで気分が晴れることはもうない。父さんと母さんをなくした俺の心の空白にすっかり入り込んだあの人まで失ってしまったら、オレに何が残るというのだろう。
もしも咲々牙が、だとしても。許すことはできないけどそれと同じくらいに、嫌いになることもできそうにない。

器用でなんでもできるのに、オレを笑わせようとするのは不器用で、突拍子もないことをする。その行動には裏表なんてなく純粋で。
そのせいでオレは、あの人を嫌いになるどころか好きになるばっかりだ。……それどころか、さっきまでみたいなことをもっとしてみたいとまで思ってる。一度触れたらもっと触れたくなって、歯止めが効かなくなりそうで怖い。そんな自分を見られるのが怖い。
でも、今なら。少しだけなら。静かに寝息をたてる咲々牙を見ているとそんな気持ちが湧き上がってくる。

……オレの髪をなでていた手は細くて透き通るような白さをしていた。その手をそっと握ってみる。華奢な印象だったそれはオレとほとんど同じ大きさ。自分が大きくなったのか、咲々牙を女性的と思い込んでいたのかどちらなのかはよくわからない。だけどただ、合わせた手を握り返してくれないことが少しさみしかった。眠っているから当然だけど。

手を握るだけじゃ満足できなくて、やっぱりもっと触れたくなってしまった。
我慢してたのは触れることだけじゃない。じっくり見ることだってそれに気づかれてしまうのが恥ずかしくてあまり直視できていなかった。本当はもっと咲々牙のことが知りたいのに。

オレの体にもたれかかって眠る咲々牙の表情が見たくて、顔にかかった髪をそっとよける。
すべてがよく見える角度ではなかったけど穏やかな寝顔は彫刻のように美しくて、病的なまでに白い肌は生を感じさせないくらいだった。だけど窮屈なくらい密着した体が、規則正しく刻む鼓動を伝えている。
昔からそうだ、この人に抱きしめられて静かに心音だけを聞いているとすごく落ち着いた。今だってこの距離感にまだ緊張するのにそれと同時に安心もしてる。

咲々牙はこのまま目覚める様子はないし、このまま一緒に寝てしまおうか。いや、そもそもこの体勢だから一人で寝るという選択肢は元よりなかったが。
はじめは眠れる気がしなかったのにすっかり落ち着いてしまった。いつだってそうだ、咲々牙は簡単にオレのことを懐柔する。ずるい。でもそんなところを嫌いになれない。
懐かしい匂いに包まれて目を閉じる。今夜はよく眠れそうな気がした。